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2008年04月17日

職場で感情的交流を持てる相手に出会うということ

職場飲みの日であった。
3月4月という年度変わり目はなんやかんやと飲み会は多くなりがちであるが・・・
その後に、後輩と差しで飲んだのだ。
この後輩君とは今日が最後で離れ離れになってしまうので、それこそ名残惜しく、二人で焼き鳥をつまみながら、ゆっくり飲んでいた。
学生の頃は、勉学とともに感情的交流を持てる相手、すなわち友を探すことがひとつ課せられた課題であるわけだが、社会人になると、職場というフィールドでは表面的交流にとどめて深入りしない付き合いばかりひろがっていくきらいがある。それはそれで、社会人の処世術として必要なわけだが・・・たまには職場においても感情的交流を持てる相手ができることがある。
 今日飲んだ後輩はそういう相手であったわけで、別れに際してもう少し飲みたいねということになったわけで。
 仕事という「公」の場で出会った相手とは「私」の部分の話はあまりしない暗黙のルールがあることが職場で感情的交流を持てる相手が少ない所以であろうが、この後輩とはその辺も話せるわけで心地よい飲みになった。
 お互いの人生論も語りつつ、今後ともがんばっていこうねと。
 うん、がんばっていってほしい。
 今日はありがとうねと伝えたい。

2008年03月30日

3月から4月にかけてのあごニキビ

 3月から4月にかけて、みなさんにとってどんな時期だろうか?

 桜の季節・・・確かにそれはそうであろう。この週末はとっても桜がきれい。ここ関東地方ではほぼ満開で絶好の花見日和だった。

 また、4月からいわゆる新生活に突入する人も多いだろう。

 4月とはそんな時期だ・・そう、日本においては。4月から社会人になる人、大学に入る人、高校に上がる人、中学に入る人、また、社会人においても、新しい部署に移る人、転職して新しい会社に入る人、それぞれだろう。

 まぁ、日本では12月から1月にかけての「年」の変わり目が、実家で年越しをする、年末年始の長期休暇にて海外で年越しをするなどのいわゆる「私」(プライベート)の部分での年の変わり目の意義あいが強いのに対し、この3月から4月にかけての年度の変わり目は、前述のような「公」(パブリック)の部分での年の変わり目の意義あいが強くなる。学校を卒業する、入学する、職場が変わる、同僚が変化する等々である。

 最近は、ガソリン税の暫定措置の期限が、今月いっぱいということで非常に政治的に緊迫していることが報じられているが、これも「公」的な年の変わり目が3月から4月にかけて設定されているという象徴的な出来事だろう。

 ともあれ、「私」の部分での年の変わり目が、まぁ、一般的に楽しいことが多いのに比して、この4月の「公」の部分での年の変わり目は必ずしも楽しいとばかりは言っておられないことが多い。新環境でやっていけるかどうかの不安があったりして、わくわく半分はあろうとも、不安半分はきっちりあるという複雑な心境で落ち着かなかったりするものではないだろうか。

 まぁ、そんなわけで、私自身も3月から4月にかけての年度変わりは落ち着かず、また、その気苦労からストレスもたまるのであるし、確かに、この時期、気疲れはあったりするわけで。

 私などは社会人生活も長いし、まぁ、いろいろ思うに任せぬことが多い人生を歩んできてしまっているため、まぁ、慣れたところかなぁと思っていたが・・・

 最近、どうも「あご」にニキビができてしまう。なかなかに治らないなぁと難渋していたので、。ちょっと調べてみたんだよね、「あご ニキビ 原因」というワードで検索をしてね。たいした結果は期待していなかったのだが、意外にもぴったりの理由が出てきた。

 あごのニキビはおとなニキビと言われるものらしい、そう、大人になってストレスなども原因となりできるものであるとのこと。

 なるほど、それならわかった。年度変わり、慣れていると思っていたことであったこの時期の気疲れがストレスとなって、あごニキビとして出てきたのか得心がいった次第。

 まぁ、なるべくゆっくりと・・・やっていこうかな。そんな風にニキビ薬を塗りながら思った次第で。

2008年03月26日

独学で簿記3級

 今日、平成19年度 第118回簿記検定試験(平成20年2月24日)の結果が出まして、3級に合格していました♪

 率直にうれしいです。

 2級も同時に受けていたのですが、こちらはだめでした。まぁ、年明けから簿記の勉強を始めたので、これはしかたなし。

 3級は大丈夫かなという思いもあったのですが、やはり、模試を経ないでぶっつけ本番でしたので、本番では、落ち着いてやれば問題ない大問に時間の焦りを感じてあわててしまい、どうにも、受かった気がしなかったため、受かってよかったぁと、よろこびひとしお。

 まぁ、ふと思い立って始めた簿記。年明けからの1ヶ月ちょっとの勉強でしたが、何とか間に合ったというところでしょうか。

 電卓も新調したりして、実際、電卓を早く打てるかどうかも合否に大きく関わってくるところでしょうか。

 ともあれよかったですわ。

 次は2級を目指してみようかな。

2008年03月10日

東大への道を歩く

 昨日の日曜日の散歩の続きを語ろう。

 麹町の東京グリーンパレスでたらふく食べた後、その後はいわゆる東大への道とでも言うべき道を歩いてみた。

 東大への道なんてものがあるのか?そういう道がかつてあったのだ。

 そういえば、雑誌「AERA」最新号(3/17号)で「東大卒「人生格差」」という見出しがあるようなのだが・・・

 世の方々は東大に入ればすべて安泰という考えをお持ちなんだろうか?多分そうなんだろう。
 であるからこそ、そう、東大信奉とでも言うべき社会通念を頑迷にお持ちだからこそ、こんな見出しが成り立つわけだ。

 なるほど、東大に入れば世間一般で言うところのエリートコースの世界には入りやすいだろう。しかし、エリートコースに入ればそれで左うちわで生きていけると思われているのがおかしいところで、そういう道に入ったら入ったで例えば眠れない日々が待っているというわけで。それを乗り越えるのは自分自身なわけで決して東大が力を貸してくれるわけではないからね。

 だから、私から見れば東大信奉などは若干現実性に薄いと思うのだが・・・

 ということを語るするのも、麹町で食事を力一杯しながら思い浮かんだフレーズが「番町・麹町・日比谷・東大」というフレーズだったから、その道を歩いてみようかと第一の散歩ルートを定めたため。

 そう「番町・麹町・日比谷・東大」というのはいにしえの東大信仰を表す言葉であり、まぁ、番町小学校、麹町中学校、都立日比谷高校を経て東京大学に合格するというのが、今で言う受験キッズやお受験ママの夢のコースだったから。そのために越境入学をさせることが流行ったなんて聞くんだけどね。高校の偏差値と受験: かつてのエスカレーターコースは今?という記事は実際にそのコースを目指してこのコースに乗ったひとの体験談である。
まぁ、都立日比谷高校が東京府立一中だった頃の威光が残っていた頃の話だから、もう何十年も前の話になるんだが。調べてみると1950~60年代での東京大学合格の全国一位が都立日比谷高校だったらしい。その後、あまり評判のよくない学校群制度を取り入れた都立高校が進学成績において凋落の一途をたどって、日比谷高校も学区のトップ校ではあるものの東大合格者が激減してからはそういう話もなくなったようだが、まぁ東大信奉というと先の「番町・麹町・日比谷・東大」という言葉が思い出され、せっかく近くまで来たんだから行ってみようかと歩き始めた次第で。

 番町小学校にまず行ってみる。千代田区立である。千代田区といえば私が小学校で習ったときからもそうだったように昼間人口に比して夜間人口が極めて少ない土地柄。校庭を眺めてもそこに土はない。狭く囲われた固いグラウンドの空間である。セキュリティ面では優れているのだろうがここまで囲われていては、ちょっと刑務所内の運動場のようにさえ連想させてしまうが、このへんの地価を考えれば仕方ないことはわかる。その分、校舎は非常に新しい感じで外に掲示されているし、掲示されていた校内活動報告も立派で、やはり周りの富裕層が通っているのがよくわかる感じに感じられた。調べてみると、麹町ウぉーカーNo100(番町小学校)に詳しいが、とても歴史のある名門校らしい。なるほど。また、このへんの地名が二番町とか四番町など、~番町という地名で・・・なるほど、そこから番町という地名になったのかなという推測がついた。

 次に麹町中学に行ってみる。こちらは番町小学校よりも広い感じ。周りにはホテルなどが多く、私が行った日曜日は就職活動帰りなのかなぁという感じのスーツ姿が目立ったりした。校舎は古い感じである。番長小学校から麹町中学に行く途中の麹町界隈には参院議員宿舎があったり、どうにも、政治色が強く感じられる。こういうところで小中学校時代を過ごせば、どうしてもゆくゆくは政治家を目指してしまうかもしれない。そのためには政治家を実際的に補佐する行政官僚を目指すのが近道であることは今も昔も異ならない、となると東大に入ろうという志向に直結するのは疑いないのかもしれない。


 お次はかつてはその東大への直結校的意味合いのあった都立日比谷高校である。府立一中という府立高校ナンバースクールの正当的流れをくむ日比谷高校は、今で言う開成高校や灘高校などに比肩するような圧倒的な東大合格率を誇っていたわけで、そのような威光は、例えば、井上ひさし氏の小説「青葉繁れる」などを読むとよくわかる。番町小学校ここにいたると場所的にはもう国会議事堂のすぐ裏ともいうべきところにあった。自民党本部なんかも見えちゃいそうだし、ぐるっと回っていくと料亭なんかが並んでいる道に出ちゃったりして、そして私は国会議事堂前の地下鉄駅に着いてしまったりしていた。こうなると、前述のような政治志向もあいまって、いやがおうでも日比谷高生は東大を目指してしまってしまったのではないだろうか。最近は学校群制度も廃止されてきており、日比谷の復活の線も出てきているようである。

 まぁ、こんな感じで実際に東大への道を歩いてしまったわけだが、なかなかに興味深いものがあった。実際に歩いていみると、なるほど、そんなものかなぁと肌で感じられるようなところもあったりもした。昔の受験生たちの息吹を肌で感じられるような気もしてね。 その道を歩ききった者が幸せになったかどうかは定かではないが、多くの者がこの道を歩きたがったということも事実であろう。

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2008年03月07日

銀座で旧友たちと会う

 今日は銀座で大学時代の旧友および後輩たちと会合。

 後輩の一人が結婚したのでそのお祝い兼ねて集おうということで。

 銀座などというしゃれた場所に行くのは本当に久しぶり。妻同伴での銀座。妻と銀座に行くなどということは本当に久しぶりだ。

 予約してもらっていたお店が、ぐるなび - 串焼き・豆冨料理 つくね十番 銀座店である。

 コース料理で予約してもらっていたが、さすがに銀座のお店、サービスがソフィスティケイテッドされており丁寧、料理も非常に美味しいものばかり。

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  お酒も、飲み放題コースだったので遠慮なくいただけたし・・・

 焼酎のそろいがよかったので、さつま美人のお湯割り、黒伊佐錦をロックで一杯という感じで、あとはビールを。

 そして、やはり、久々に会う、旧友および後輩たちとの語らいはとても楽しかった。

 結婚した後輩夫婦は本当におめでとうと思う。

 それぞれにみんないろいろ抱えながら生きている。それらがこういう瞬間にクロスして、共感するなりなんなりして、また日々の生活に戻る。それでいいんだと思う。

 明日からもがんばろうと思えるわけだ。

2008年02月26日

栄養ドリンクに感じる悲しみ

 今日は国立大の2次試験前期2日目だったりしますね。受験生の皆さんお疲れ様です。

 中学生の頃、高校受験を控えて、高い栄養ドリンク・・・ほら高いと何千円もするのもあるくらいで・・・をげん担ぎもあるんでしょうが、飲んで試験に挑むなんて話をよく聞いたりして。

 まぁ・・・私はあまりそういうのを信じてはいないし、実際、栄養ドリンク自体にそこまでの期待をする人ではないのでそういうのは無縁で来たりしていましたが。もちろん受験の時も栄養ドリンクなどは飲んできませんでしたが。

 私が思うに栄養ドリンクっていうのはカフェインの摂取による元気になった気がするという感覚的なものがの効用なのではないかと思う。その意味では、コーヒーを飲むのと有意な差が出るのか?という疑問がついてまわっていたので。

 この前までのややがんばらねばならないことで、やや寝不足もあったりして、栄養ドリンクでも買ってみようかと・・・まぁ、老いたということかな(^-^)

 ということで・・・

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 買ってみました(^-^)でもね・・・でも、すべて100円ショップ系で100円程度で買いそろえたところが、まぁ、あまり栄養ドリンクに重きを置いていない証左のようなもので。

 赤まむしとかスッポンとか、微妙に効きそうな気がしてね(^-^)でも、私の体感としては効果のほどははなはだ疑問。少なくとも元気もりもりというわけではなく。

 私としてはせいぜい疲れたらコーヒーを飲むくらいでがんばりたいかなぁというのが本音。ま、疲れたら寝ることですな、それが一番の良薬と実感。

 今日、テレビ東京系の「ガイアの夜明け」という番組で「揺れる仕事の現場」ということで、残業を減らす工夫、仕事と家庭等について特集されていた。やはり、日本の勤め人は仕事に没頭しすぎなきらいがあるようだ。栄養ドリンクを飲んでもがんばってしまうのならばそれは悲しい。栄養ドリンクを飲んでまでがんばらなければならないのであればもっと悲しい。

 栄養ドリンク業界は右肩上がりなのだろうか?もし、そうなら、そこの社員は栄養ドリンクのお世話にならずに済んでいるのだろうか・・・それとも・・・

 受験生が栄養ドリンクを飲む時、それはまだポテンシャルがあって喜ばしいが、無理してがんばるために飲む栄養ドリンクには悲しさを禁じ得ない。

 複雑な気持ちのもと、この3本は美味しく頂いたことはいただいたわけですがね。

2008年02月06日

映画「父親たちの星条旗」を見た、とってもいい映画である

 映画「父親たちの星条旗」(父親たちの星条旗 - goo 映画父親たちの星条旗 | 硫黄島からの手紙

 非常にいい映画だった。昨日見ていた映画はこれだったのだ。

 クリント・イーストウッド監督による日米双方から描いた硫黄島2部作ということであるが、今日の一語り: 映画「硫黄島からの手紙」を見たで語ったように、一つは見たのだ。

 そこで痛感したのが、やはり、戦争のむなしさである。「硫黄島からの手紙」の方は日本からの視点であるが、戦争というものがこれほど矛盾に満ちたものなのかということをまざまざ座と実感させられた。

 さて、今度はアメリカの視点からの硫黄島の戦いを描いた、本作「父親たちの星条旗」・・・これもまた、同様の感を抱かせるものであった。

 そう、勝者アメリカにしても、硫黄島の戦いは多くの傷を残したものであり、そしてこの映画で非常に特筆すべきは、勝者の中で英雄(HERO)として祭り上げられた3人の兵士も、また、必ずしも幸せになれなかったという実話に基づくプロットである。そう、戦争という殺し合いは、勝者にとっても何も生まないどころか傷を残すものなのだということ。そこが新鮮なプロット立てだ。

 いつものことながら、戦争あるまじき、そのような思いが実感される映画だ。

 まぁ、戦争によるHEROのむなしさというロジックとしては、スピルバーグ監督の「プライベートライアン」に通じるところがある。まぁ、「プライベートライアン」の方が迫力としてはあったろう。

 しかしながら、この映画も同じロジックながらも、違った状況であるのが新鮮である。

 平和を考える上でも、ひとつオススメの映画と言えるのではないだろうか。

2008年02月01日

旧友と飲みシンパシーを覚えつつ

 昨日は仙台から来た旧友と呑んだのだ。この旧友が関東に来る用事があったとのことでコンタクトを頂いたからだ。

  私が仙台に行った時にはこの旧友とお茶を飲んだ(今日の一語り: すごくうれしかった旧友との再会参照)。その際非常にシンパシーを感じ合えたものだが、今回は、夜での会合ということで、呑みながら語り合いは、アルコールも手伝い、大いにお互いシンパシーを覚え、あっという間に時間は過ぎ、楽しい時間を過ごさせてもらった。

 普段は互いに違う人生を歩んでいる。そこでいろいろな人生の事象に出会い苦心したりしながら生きてきている。そういう二人がこのような機会にクロスすると不思議な共感が生まれたりして、とても会話が盛り上がるものである。そこに得られる共感というのはかなり深いものである。

 お酒もすすんでしまったかもしれない(^-^)でも、悪酔いしないものだ。

 遠くから来てくれた友人には本当に感謝したい。ぎりぎりまで会えるかどうかの返事を保留してしまったが、快く来て頂いて、本当にうれしかった。本当にありがとう。

2007年11月30日

夜更かしペースに昔を思い出しつつ、でも空回り

 そういえば、その昔、北海道で単身暮らしていた時・・・やはり、このように深夜まで起きていたことが多かったと思う。

 まぁ、パソコンに向かったりしていて夜更かしということも多くあったのだが・・・氷の世界(北海道は雪の世界と思われがちだろうが、実は氷の世界と思って頂いた方が近いだろう)での単身生活の憂さ晴らしや寂しさ紛らわしに、パソコンはもってこいのツールで、インターネットに目覚めたりしていたのだ。いろいろ学ぶべき技術が多くあって楽しかった気がする。いくらやっても飽きなかった。

 となると、帰ってくるとひとまず眠くなって寝てこれくらいの時間に起き出して、パソコンをやっていたりしたものだ。そのころは、自分で言うのもなんだが、パソコンの腕やインターネット技術の習得具合は目を見張らんばかりであったのは周りからよく言われたことだ。まぁ、氷の世界での単身生活で、もちろんそれなりに楽しかったものだし、いろいろ旅行にも出かけたので、引きこもりというわけでは決してなかったが、若さもあり、それだけの時間もありというところか。

 最近もその夜更かしペースになってしまっているのだ。

 でも、なんか空回りの感が強い。

 ぼーっとパソコンをしたりしながら、夜更かしになってしまうことが多かったりする、その分、夕食後寝てしまったりしているのは昔同様。

 ただ、北海道時代みたいにエンドユーザーレベルで学ぶことがたくさんあるわけではない。エンドユーザーレベルでやれることはかなりやってしまったし、それ以上を目指しても・・・なんだかなぁと・・・なんだか空回りなのだ。

 事実、この一語りも続けてはいるものの、続けているだけというところ。読者も減少傾向にある。昔はもてない男としてならしたものだが(^-^)ま・・・。

 まぁ、ぼーっとやっていこうかと思うが、夜更かしペースは是正したいところ。昔を思い出すのもいいけど、これからが問題だから。

2007年09月29日

いわゆる大団円的なるストーリーは必要であるが、それは虚構であることも分かっておこう

 今日の一語り: NHK連続テレビ小説「どんど晴れ」は結構いいかな で語ったが、実はここ数ヶ月、NHK連続テレビ小説「どんど晴れ」を見続けている。今日がその最終回。

 今日の一語り: NHK連続テレビ小説「どんど晴れ」は結構いいかな で語ったとおり、本当に大団円的なる終わり方。みんなが幸せになっておしまいという感じでね。

 妻と一緒に見続けていたわけだけど、まぁ、二人とも感じたのが、どうもご都合主義的なハッピーエンドへ向けてのやや強引とも言える流れを作り上げていたなぁと感じたことは確か。

 まぁ、大団円とはかくあるべしと言えるドラマで・・・この厳しい世の中、こういうドラマがあってもいいなと思った次第。

 ほら、最近のドラマは、あまりいい終わり方をしないことが多い・・・シニカルな終わり方というかね・・・厳しい世相を反映してあまり大団円的なる終わり方であると、あまりに空々しすぎるからだろうか。しかし、今の若い人たちが、いわゆる大団円的な結末を知らな過ぎると、ハッピーな未来を思い浮かべることができないじゃない?だから、こういうドラマも必要。そんな風に思う。

 救いの少ないこの世に、虚構の世界だけもハッピーを。それは間違っていない。ただ、見る方も、それは虚構なのだときちんと分かっておく必要があるわけでね。そして、虚構は虚構として明日からの厳しい毎日を耐え抜いて行かねばならないわけだよね。

2007年09月20日

そしてゲームをやらなくなったわけで

 東京ゲームショウが千葉幕張メッセで始まったというニュースが今日大々的に報道されているようである。

 要は、過去最高の参加社数ということもあるようだし、任天堂Wiiのひとり勝ち市場をソニーPS3、マイクロソフトのXbox360らが追っているということらしいが・・・。

 若い頃、そう、学生の頃や、社会人になってから10年近くは、本当にゲーム好きだったんだよね、私。

 家庭用ゲームは、買ってもらえる家庭ではなかったから、独り暮らしを初めてからお金を貯めて買ったりもしたものだが・・・やはり、ゲームセンターが好きでねぇ。それは、学生時代の私を知る人であれば納得いただけるところだろう。

 あとは、ダンスダンスレボリューションにはまっていたのも、あったわけで・・・ゲーセンで踊りまくっていた頃もあった。

 この一語りのカテゴリーにもなっている、クイズマジックアカデミーというゲームにはまっていた頃もあった。もう3年以上前になるのかな。

 それから、なんかぱたっと終わってしまったのだよね。私のゲーム熱が。そう、3年以上にになるかな。

 たまーに、ごくまれーに、妻と気晴らしにゲームセンターに行ったりするも、気晴らし程度でしかない。

 以前の、ゲーセンがなければ生きていけないくらいのパッションは今はない。

 そして、家庭用ゲーム機も今は家に全くない。

 妻とつきあい始めたあたりからかなぁ、ゲーム熱がさめたのは。

 妻という存在ができたからか、人生が忙しくなったからか、はたまた、このようにインターネット上での表現で充足されているからか(といっても、インターネット上の表現はゲーム熱と併存していた時期もあるわけが)・・・

 ま、そんなもんなんだろう。ゲーム・・・その仮想世界は逃避には良いが、現実と向き合うトレーニングにはならない・・・そんなことに気づいたからかもしれない。

2007年09月07日

自然の力を実感

 今回の台風を通じて、自然の力のすごさというものを実感した。

 昨日の一語り「台風雑感」にて、自然の猛威に比しての人工物の弱さを感じると語ったが、一夜明けての報道で、酒匂川に架かる橋がおれてしまっていたり、道が削り取られているのを見るに、なるほど、昨日感じた直感はその通りだったんだなとさえ感じる。

 自然の猛威というものは実は幼き頃の原体験として強烈に感じた瞬間がある。

 私が・・・小学生の頃ね、習い事のために出かけた先からの帰り道、強い雨の降る中、暗いバス停でバスを待っていたんだけれども・・・バスの終着点で、ほかに待っている客もなく、私ひとりだったんだよね。その時、突然、どっかーんという、それこそ飛び上がるような音と共に、目の前が瞬時にストロボをたいたように明るくなったんだよね。その時目の前に見えたんだよね、火の玉みたいなものが道を転がるのを。

 そう、後で考えてみると、雷が目の前に落ちたんだよね。ほんの数メートル前に。

 私は、雷は避雷針のような高いところの金属に落ちるものと、素直に思っていたから、周りに高い建物がたくさんあったしアンテナも立っていたから、そういうところに落ちるものだろうと思ってたんだけど、そうではなかったようなのだ。

 あと数メートルずれていたら私に直撃していたんだろう。そして、私はいまここで語っていなかったかもしれない。ある種の運であろう。

 自然の力の前に人間のできることは限られているのかな・・・そんな思いを原体験として持った気がする。

 だからこそ、今回の台風という事態でも、必要以上に緊張もしなかったのかもしれない。

 自然の猛威を避けるべく努力はしても、それでもなお避け得ない自然の猛威にさらされたら、あとは運でしかないのかなという思いもあるから。

 そんな、自然の力を実感させられた今回の台風。

2007年08月26日

ゆっくりと過ごした日曜日にオヤジになったことを感じるわけで

 昨日は本当に夫婦共々具合を悪くした感じのことを語ったわけであるが、どうやら、昨日よく眠ったおかげで今日はかなり快復したようである。

 二人ともそれなりに朝から元気。元気に昨日焼いた自家製パンを食べたりしていた(本当は昨日食べきる予定だったのだが、妻もなかなか食欲がでずにおかゆに走ってしまったわけで・・・余っていた)。

 妻は、ひさびさに友人達と会う約束があるということで、昼前には出かけていったわけで、疲れは未だ残っているようではあったが前々からの約束にて出かけていくのをちょっと心配しながらも見送ると、ひとりになった日曜日。

 ひとりの日曜日なんて、久方ぶりなわけだが・・・まぁ、私自身も元気もりもり全開というわけでもないから、テレビを見たり読書をしたりとゆっくり過ごす。

 昼も自炊してもよかったが、やっぱそれも疲れるので、近所の中華料理屋へ外食に行くというゆっくりペースで。そこに置いてあった雑誌AERAを熟読したりしながらゆっくり食事をしたわけで。そういう雑誌って自分で買うほど読みたくもないけど、そういうところにあるのを読むのはなかなかいい感じ。2007年8月27日号であるが。

 なかなかに面白い記事もたくさん。特に興味を持ったのが・・・「確執 妻の実家は超理不尽 もう「ムコ殿」ではいられない」という記事とか・・・なんだか大変に理不尽な話がわんさか出ていて、大変なところは大変なのかと感じてみたり。まぁ、極端な事例を挙げるのがこういう雑誌の手なわけで、その点はまぁ、ワイドショーを見る感じで見ていればいいわけであるが。

 あとは、「社会 写真ルポ「富と幸福」2007年 格差の夏を歩く 三浦展が語り下ろす格差新局面」とかも面白かった。格差論は非常に興味のある分野だし、この記事を書いている三浦展さんは2006/10/8一語り「新書「下流社会」が面白い」で語った新書の作者だったりすることから。写真でミリオネアと底辺の方々との格差をドラスティックに描き出すとこれほどまでか・・・と極端な事例を挙げるのが手とはいえ、やや悲しくなってみたりもしたり。

 昼食の私のひとり外食は、貧乏な我が家にとってちょっと痛かったけど、こうやって雑誌拝読料という考え方をすれば、高くはないのかもしれない。

 中華料理屋を出てからは、家に帰ってまたクーラーをつけるのも電気代がかかるかぁとファーストフードのお店まで散歩。読書を続ける。最近のファーストフードハンバーガーチェーンは100円で楽しめるから、貧乏人としては助かる。しかも、クーラーはがんがんに効いている。まぁ、ファミリーやキッズが駆け回っているのを我慢できれば、それはそれで憩える場所だ。少なくとも、自宅にこもっているよりは気分転換になる。

 読書が終わって家に帰る。うたたねなどしていたら、妻が帰ってくるとのこと。迎えに行ったりしながら、買い物をして帰る。

 妻も、友人達と楽しいひとときをすごして体調が完調に戻ったようで、よかったよかったと。私も、ゆっくりしたおかげで完調に戻っている様子。

 独身の頃は、ひとりで家でゆっくりという週末はほとんどなかったと思う。なんかしなければもったいないという意識と、独り身をかこいながら家に引きこもってしまっていたら、なんだかだめかもという意識のもと、例えばプールに行くとかスポーツセンターに行くとかしていた。

 でも、今は・・・そう、こんな風にゆっくり過ごしてしまった。

 まぁ、実際に体調を崩していた昨日があったので、今日は本当にゆっくり過ごしてしまったわけだけれども、まぁ、オヤジになったなぁと感じてみたりする。そのうち、ファーストフード店での一服が蕎麦屋で焼酎を一杯とかなってしまったらまじでオヤジだね(^-^)

2007年08月02日

妻がお葬式に行った日

 今日は妻を送り出すために朝5時半起き。一語り「新婚旅行に出かける」で語ったように、妻の田舎が新潟にあるのだが、妻の祖父がお亡くなりになったとのことで、妻がお葬式に参加するためである。

 昨年夏の新婚旅行で、私たちを招いてくださり、歓待してくれた祖父母。その祖父がお亡くなりになったとのことで、私としても衝撃は禁じ得ず、その死が悼まれてならない。

 ということで、昨日から妻らの切符を手配したり、送り出したりということでばたばたしていたわけで、昨日の一語りのような状態になった次第。

 今朝は妻を送り出して、また、日帰りの遠路の旅を経て疲れて帰ってくる妻を迎えるために、久々の自炊。ただ、やはり夜遅くなるので、やや時間があったので、このいとまを逃さず少しは鍛えようと、スポーツクラブのプールに行き125mほど泳いだりして帰ってきて、夕食を作ってみたりしていたら・・・妻が帰ってきてしまった。

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 ピザはホームベーカリーで生地を作ったりしながら、ぶりの照り焼きに挑戦したり、カツオのたたきは簡単だけど。まぁ、自炊して夕食に。

 妻が働いていた頃は、帰りがよほど遅かったから、私が運動した後に、こうやって食事を作っていたことを思い出したり。

 今日はそんな日であった・・・早起きもしたしね。

 妻の祖父、安らかにと願っている。

2007年06月25日

水曜どうでしょう2006新作を見られた♪そして、振り返るものものもある

 北海道ローカルのバラエティ番組「水曜どうでしょう」・・・ここでも何度か語ってきたし、私が10年以上前に北海道に住んでいた頃はまってしまって忘れ得ずにいたローカル番組である。最近は再放送を地方UHF局が放映しているので、関東圏でもテレビ神奈川などで見ることができるのであるが・・・。

 どうやら2006年の新作が作られたらしい。しかし、関東圏ではなかなか見られなかったのが・・・

 昨日から今日の、深夜・早朝時間帯において関東圏で初めて、テレビ朝日で放映されたのだ。ヨーロッパを回っているこの最新作が。

 うれしいのである。ばっちり録画してある。妻も「どうでしょう」フリークになってしまっているので、もちろん心待ちにしながらである。

 中身はなかなか面白い。まだ全部は見終わってはいないけれども。

 なんだか、ミスターは口数が少なくなってしまった。大泉と藤村Dの掛け合い漫才的様相を呈している。

 それを見ながら・・・なんか、年の流れを感じてしまうものがある。みんな年を取ったんだなぁと。

 私も北海道に行った頃はひとりで結構寂しかったものだ。もちろん楽しいこともいっぱいあったし、知人・友人だっていた。でも、寒い北海道での本土からわたってきての独り暮らしは別にいいことばかりじゃない。ホームページ作成というものを始めたのもそのころだ。そんなとき、水曜日の夜・・というか深夜だけれども、珍妙な音楽と友に始まるのがこの番組だった。そのころは私も若かったなぁと。そんな時からホームページ作成に心血を注いで今ここにある。

 まぁ、「どうでしょう」とともに私は歩いてきたようなものかなとさえ思えてしまうわけだ。

 たまには過去を懐かしむのも悪くない。

2007年06月21日

その道一筋ってすばらしいと思うな

 昨日放映された「バンビ~ノ!」を録っておいたので、今日見た。

 とうとう、主人公がパスタを作れた回。パスタを作るために、1年以上も修行をしてきた末であったため、そのうれしさが伝わってきてなんか感動的であった。

 ただ、その回の展開として、そんなに料理一筋でいいのか?という思いが主人公をとまどわせるのだが・・・

 やっぱすごいと思うんだよね。料理一筋なんてなかなかできないわけでさ。そこまで一筋になれるんであればほかに趣味がなくったっていいじゃないかと思うのだ。

 私は、そこまで熱中できることがあるのかと振り返るに・・・そうだなぁと迷ってしまう。

 仕事はいろいろまじめにやってきたつもりだけど、その道一筋ってほどの専門性はないんだろうなって思ってしまうと、この主人公のすごさがわかる。そこまで好きになれるのはうらやましよね。

 まぁ、私にとって一筋って言えば・・・ホームページ作成かな・・

 その一環としてのブログ作成に至っているわけだけど・・・要は、このページが私の一筋ってことかな(^-^;

2007年06月12日

うーん、世の中結局は金なんだけど

 最近、なにかにつけてとみに思うのが、世の中結局は「金」だなぁということ。

 なにをいまさらという意見もあろうが・・・やはりねぇ。

 今日見ていたテレビ番組「ビューティーコロシアム」でも、結局、コストが高いであろう美容術を施せば美しくなれるという典型だと思われたしね、昨日NHKのクローズアップ現代で特集された「セカンドライフ」というウェブ上の仮想世界がクローズアップされるのも結局そこで流通するリンデンドルという仮想通貨が現実の通貨に換金できることからビジネスチャンス・・・すなわち金儲けのチャンスがあるからこそ注目されフィーバーしているわけだし、ライブドア事件・村上ファンド事件は金を追い求めた結果の事件だったし、最近話題のコムスンの介護事業の話題にしても介護というもっともヒューマンな分野で金儲けをしようとしたことへの反発ということが起因しているだろう。

 そうなんだよね・・・単に生きるのも厳しい世の中になってきたところでね・・・金を儲けたものがすべて勝ちというような、直線的な単純な弱肉強食論理が復活してきているように感じるのだ。

 少し前までは・・・まぁ、お金お金言っていると拝金主義として、そう、拝金主義という言葉にやや軽蔑の念が感じられるように・・・あまり好ましく思われていなかったものだが。

 まぁ、私も、そもそも、あまり裕福な生まれではないから、お金にはかなりうるさい。どっちかといえばケチである。そして今、結婚しても、やはり贅沢はできないし、させてもあげられない。

 まぁ、金を得ることそんなに執着がないからだろうか。拝金主義というのがあまり好ましく思えていなかったからね。だから、学生時代学問として学んだものもあまり金にならない分野であるし、職も金儲け主義では選んでいない。そして、結婚も、妻の収入とかなにかとか全然考慮したわけじゃなかったんだよね。

 でもね・・・まぁ、世の中がこんなに金金という感じになってくると、ちょっと複雑な気分だ。要は、私の考え方が甘かったのか・・・と。

 僕はそうは思いたくはないんだよなぁ、実はね。

 妻と映画「ティファニーで朝食を」を見た。金のために金持ち男性を追っかける女性をオードリー・ヘップバーンが演じているが、最後には、金のない貧乏作家であるジョージ・ペパード演じる男に恋に落ちるというハッピーエンドである。この映画には拝金主義の否定がある。

 何十年も前の映画でそういう結論があるではないか。

 経済学という学問は結構興味があるし、人間を分析するツールとして金の面に着目する点はとても面白いのだが、人間は自分にとっての効用関数を極大化する存在だと無条件に仮定してしまっているのが、うーんとうなるところだ。要するに、端的に言えば人間は自分の金儲けに一番有利な道を目指すと仮定してしまっていることだからね。

 人間、そんなに経済的に合理的じゃないと思うんだよなぁ・・・もっと不合理な存在だからこそ、「ティファニーで朝食を」のような映画ができるんじゃないかなぁ。

 そう願いたいものだ。そう、不合理な部分が人間らしいところだと。

 まぁ、貧乏人のはかない願いなのかもしれないが。

2007年06月06日

料理はひとのために作るもの・・かな

 妻は、本当に料理とか家事とかよくやってくれているわけで・・・ほんと、最近では、家に帰ればご飯があるというのを当たり前にさえしてしまっている部分があるが・・・全く当たり前ではないのである。妻には感謝しているのである。

 独り身の独り暮らしの時代が長かった私はそのことはよく分かっているはずだ。

 妻が今日、料理は食べてくれるひとがいるから作る動機付けができるのだ、作る気になるのだ・・・と語っていた。

 なるほど・・・と思ったりした。当たり前のことなんだけどね。

 私も、ここでしばしば語ってきている、ケーキ作りやパン作りも、やはり食べてくれるひと・・それは妻であったり、客人であったりするわけだが・・・がいるから、これだけ熱中して作ってきたわけであり・・・それは妻も同じ感覚なんだろう。

 この前の日曜日、ひさびさに私が作った夕食。

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 妻が疲れていそうだったので・・・妻が食べたいと言ったラーメンを作ってあげた次第。なんか、なんつっ亭というところのつけ麺が美味しそうだったので、それを買ってきてね。あとは、ちょっと二郎風に、野菜の炒め物を作ってちょっとボリューム感を出してみたり。まぁ、野菜は妻が切ってくれたから、全部が私というわけでもないが。

 独身時代・・独り身の頃は、やはり作るモチベーションが上がらなかったものだ。まぁ、買ってきてすませてしまおうという気分が強かった。それでも、それなりに自炊していたのは・・独り身のもてない生活が長かったせいで、もてないならもてないなりに食生活くらいは充実させてやろうじゃないか、となればお金がなければ自炊でリッチにと思ったからだろう。

 料理はひとのために作るもの・・・その方がやる気が出ることは事実だ。しかし、自分のために作ることも決して否定するものでもない。私のもてない時代の自炊歴はこうやって妻が疲れた時にご飯を作ってあげるくらいのことには役に立つ。

 だから、どちらにしろ料理はやってみようよって言ってみたいわけで。

2007年06月04日

現代の仕事生活は監獄生活に近いものではないだろうか

 監獄に収監することが刑罰として成り立つのは、人がその意に反して自由に行動できないようにすることが人にとって苦痛だからということは言わずもがなであろう。

 以前、北海道に住んでいた時などに、博物館 網走監獄に行った際など、なるほど、それは大変苦痛だろうなぁと感じたものだ。

 さて、現代の私たちの就労生活はどうだろうか?

 私は、社会人になって初めて就いた仕事は、夜はエンドレスに近いものであった。平日に夜は夜9時に帰れればうれしいといった感じ。苦しいものだった。後は帰って寝るだけ。その眠りもわずかながら、また、仕事だ。土日は本当にその自由を満喫すべく、疲れているのに、いろいろ動いたものだ。山登りをしてしまったりね。今は転職し、幸いにも人心地を持てる仕事に就けているが・・・。

 妻も、就労中は、夜は遅かったらしい。実際私と暮らし始めた頃も、その時はまだ就労していたからその遅さは実感として分かる。そして、繁忙期など土日もなかったらしい。

 実際、現在の仕事生活・・・特に正規雇用者には多いことだと思うが、夜遅くまで仕事で、仕事による拘束時間が非常に長いことが多いのではなかろうか。平日は仕事と寝ることという感じの人も多いのではないだろうか。

 非正規雇用者は時間はあるかもしれないが、賃金が生活を支えることができないほど低く、生活を支えるために職を重ねればやはり時間はなくなり自由がなくなるだろう。正規雇用者にしても、平日は仕事と寝ることに終始する仕事による拘束時間のことも多くあろう。

 言ってみれば、今の人たちの仕事生活は、その意に反して自由に行動できないという点で、かなり監獄生活的とも言えるのではないかな。少なくとも平日は。

 

2007年05月31日

ダイジョウブと大丈夫と東北・仙台の想い出

 2007/5/26一語り「妻と初めてのカラオケ」とかでも語ったように、最近、NHK朝ドラ「どんど晴れ」の主題歌になっている、小田和正「ダイジョウブ」という歌にはまっていることはここで語った。

 なんかいろいろな意味で安らぐなぁと感じていたのだが・・・思い起こせば私は、東北は宮城県の仙台にて学生時代を過ごした。

 東京生まれの東京育ちだが、なんか、東京のせわしなさっていうのはあまり肌には合わなかった。なんか追い立てられているようでね。まぁ、追い立てられるようにその都会のペースのまま受験競争にも巻き込まれて必至に走っていたんだが、それに倦んだことが私を仙台に向かわせたのかもしれない。仙台で、そう、比較的落ち着いて流れる時間に身を任せ、青春を謳歌できたという想い出の東北の地である。

 思えば、どんど晴れは東北は岩手県は盛岡が舞台・・・そこに小田和正の「ダイジョウブ」・・・小田和正さんは、やはり東北は仙台で学生時代を過ごしたわけで、私と共通するところがある。その中に安らぎを感じてしまうのは、必然に近いことなのかもしれない。特に小田和正さんは私と同じ関東出身で、東北に学生時代足を踏み入れたという部分で共通部分が多いわけだ。

 なんで、そんなことを今語るかというと・・・ふと思い出した歌い手さんがもう一人いたから。

 当時、地元のテレビ局の番組の折々に流れていたんだ・・・この曲が。

 JIGGER'S SON 「大丈夫」

 JIGGER'S SONって覚えている人いるかなぁ・・・この曲で大ヒットしたんだけれども、もう解散してしまっている。坂本サトルさんというミュージシャンがボーカルでね。当時、地元FM番組なんかでもいろいろ出ていたわけで。この方はかなり全国区で売れたと思うしいるし、今でも活動中だから知っている方も多いかもしれない。

 まぁ、このJIGGER'S SON 「大丈夫」を聴いているとね・・・仙台にいた頃を思い出すんだよね。曲と共に条件付けられた想い出が。

 仙台には妻と早春の頃に一緒に行った。2007/2/12一語り「青葉城に登る ~妻と一緒に想い出の落ち穂拾い、仙台旅~」などで語ったところだが。まぁ、実はいいことばっかじゃなかったよね。初めての独り暮らし・・・この東北の街に一人放り出された時の寂しさは妻もやはり一緒に行ってみて共感していたようだ。「ここに一人来てしまったらそれはそれでねぇ」といった風に。確かに寂しかったんだよね。独り暮らしという自由さとの引き替えのロンリネスというわけだ。

 でも、そこからいろいろ動いて生きていく中で知己も得た。考えてみれば、私の結婚式に呼んだ友人たちの多くが、実は仙台がらみの人たちでもあった。一人飛び込んだ世界で、一から始めた世界で、だからこそ、思い出深く、そして深い意味での知己を得られたんだろう。

 そんな時に流れていたのがこの「大丈夫」なんだよね。なんかテレビをかけていれば流れていたような想い出があるからね。

 このJIGGER'S SONのボーカルの坂本サトルさんもね・・・学生時代に仙台で独り暮らしをした人なんだよね。そのときに、JIGGER'S SONを結成したわけで。小田和正さんもしかり・・・そして、私もしかり。

 なんだか、「ダイジョウブ」に「大丈夫」・・・どっちも、おなじ読みというのが奇遇。そこに仙台という要素も合致しているのがまた奇遇。

 この二つの曲を聴きながら、やっぱ、仙台ってよかったよなぁと思い返す。私には非常に合っていたんだろう。温かい感じだったんだよなぁ。

 単なる懐古調ではなく、東北ってやっぱり気候が厳しい分、人は温かいと思うよ。そして、この仙台ゆかりのミュージシャンの二つの曲を聴くに思うんだ。

 大丈夫!!明日もがんばろう。

 

2007年05月28日

食と生への執着と平和について

 私ももう30歳代中盤の年頃で、年相応に食が細くなってきていて、昔ほど食べることができないにもかかわらず、大盛り・デカ盛りネタには飛びついてしまう。

 かの人気番組TVチャンピオンでのデカ盛り王選手権の番組にも釘付けになってしまうし、さっきまでデカ盛りの店検索をしては「萌え~」な感覚を持ってしまっていたわけだが。

 そんな風に、ご飯は大盛り、お代わり自由だと目を輝かす私を見て、以前友人が「あなたは本当に一生懸命生きているって感じだよね」という表現で私を評していたことを思い出す。

 その友人が言うには、食べるということは生の基本であり、それにそんなに一生懸命になっている私は、本当に一生懸命生きているんだと感じたということだ。

 なるほど・・・と思った。

 確かに、私は生へ執着していると思う。それは悪いことでは決してないと思う。一生懸命生きる・・なんとか生きる。そのためだけに今までやってきたようなものだ。生きてきた結果、妻とも出会えたわけだ。

 そして、私の生への執着は、同時に私の平和概念の基盤をなすものだと思う。

 実際、生への意識ゆえ、国のために死ぬのだという戦前の意識にはまるっきり賛同できないわけである。

 反対に現憲法への共感は深い。現憲法は、戦前の集団主義国家体制が国民を死地に追いやった反省ゆえに、個人の幸福追求という人権上当たり前のことを国家権力の侵害から守ることを宣言しているわけだから。

 しかし、最近はその憲法を変えようという国民投票法案を通過させてしまったし、また、特攻隊を美化してしまっている映画も上映され始めたようだ。

 ちょっと、どうなのかな・・・。

 現憲法が国民・市民の人権を踏みにじって死地に追いやった全体主義国家体制の戦前への反省に立っているものということを認識しているのだろうか。認識していれば、そうそう、変えようという発想が出てこようはずもないのではないだろうか。特攻隊で飛び立った若者たちは、戦前の全体主義国家体制によって死地に追いやられた犠牲者にほかならず、あたかも自ら死を選んだかのように思わせる映画の題名はどうなのだろうか。

 夕方、テレビを見ていた。ニュース番組の一環でデカ盛りの店を特集するようだ。その前後に、いろいろな局のニュースにて農林水産大臣が自殺したとの報も併せて放映されていた。生と死、対照的であった。

 デカ盛りの特集を見ながら私は生きていこうと思ったのだ。あそこにも行きたい、ここにもいつか行ってみよう。今日はちょっと風邪気味ではあったけれども、デカ盛りはそういう気力を沸き立たせてくれる。生きていなくては美味しいお店に食べに行くこともできないのだ。

 生きていくためには、平和でなくてはならない。平和を求めるのに現憲法以上のものがあろうか。戦後に、国民・市民を死地に追いやった全体主義国家体制の反省を一番よく感じていた戦後直後に作られた現憲法以上のものが。それを変えんとするのは、どうしても、生への志向とは思えない。

 食と生と平和・・・これらを守るために手に取るのは銃ではないと思うよ。

2007年05月25日

厳しすぎる世の中だから、「おしん」的ドラマが流行るのか

 今朝は、録っておいたドラマ「バンビ~ノ!」を見てから、仕事へ。

 そもそも、仕事前の朝は憂鬱になることが多いことも事実。元気になれるドラマを見てでも行こうかという気持ちは

 まぁ、このドラマを見ながら、いやいや、僕の仕事はこんなに厳しくもないさ、がんばらねばと思えたりするから、結構好きだ。

 しかしね・・・最近、この手のドラマが多い気がする。「バンビ~ノ!」は名門イタリアンレストランを舞台に、主人公が非常にしごかれるドラマだ。

 私がよく見ているところで、NHKの朝ドラ「どんど晴れ」だって、非常に「おしん」的プロットであるということは一語り「NHK連続テレビ小説「どんど晴れ」は結構いいかな」で語ったとおりだ。

 まぁ、ちょっと見ていたドラマ「生徒諸君!」にしても、主人公の女性教師が非常にいじめられるストーリーであることに変わりはない。

 また、前の前のNHK朝ドラ「純情きらり」にしても、あれほど主人公がこれでもかこれでもかと悲劇に落とし込まれるドラマはないのではないだろうかというくらい主人公いじめだった。

 そう、今あげた、最近のドラマの傾向として、主人公がいじめられるストーリーが多いのだ。そのオリジンはかの「おしん」にあるような気がしているから「おしん」的ストーリーと私はカテゴライズしている分野のドラマなのだが。

 そのようなドラマはどうして流行るか・・・それは、ドラマ上の主人公たちがいじめられているのを見て「それよりはましだ」「どの世界も厳しいんだ」とかある種のカタルシス、俗っぽく言えば憂さ晴らしができるから何だろうと思う。

 今の世の中・・・格差社会も進み、弱肉強食が進んできている厳しい世の中である。ごく少数の者は大きな成功を収めようが、落伍するとはい上がるのは容易なことではない。ほどほどということが許されないほどかけずり回されながらもそれでもようやっと生きていけるかどうかという感じさえする。たとえば、ホワイトカラーエグゼンプション法案などの普通の勤労者を絞り上げる法案が案として出てくることや、ホームレスやネットカフェ難民など、非正規雇用者の増加、フリーター・ニート問題にしてもその例になろう。落伍しないためには走り続けなければならない、そんな厳しすぎる世の中で、どうして、トレンディードラマのような衣食足りて楽しむ恋愛話なんかが楽しめるであろうか。どうしても、「おしん」的ストーリーにカタルシス・慰めを求めてしまうのではないだろうか。

 そんな厳しすぎる世相を反映しているのが、昨今の、「おしん」的ドラマの興隆に現れているんじゃないかな。そんな風に思えてならないわけで。

2007年04月16日

弱さを出すことの意義

 まぁ、私はあまり弱さを隠さない部分がある。隠せないと言った方が正しいかもしれない。

 参っている時は、参っている・・・そんな感じに語ってしまう。

 先日、非常に参った時もそれをここで語った。かなりアクセスが多かったように思える。暖かいコメントも頂けた。

 弱さを出してあまりいいことはない。

 つけこまれることもあろう、弱いやつだと軽蔑されることもあろう。

 ただ、私は「性質」(たち)として弱さを出してしまう部分があるわけであるが、悪いことばかりではない。

 弱さを受け止めてくれるということが結婚相手に求める第一条件だったわけだが、妻はそれを受け止めてくれる人であったため、絶対に離してはいけないとがんばったわけだが。

 ここで、フラれた嘆きを吐露する語りを語ったのを見た友人夫妻が、ならばと妻を紹介してくれたのがその始まりだったのだから。

 弱さを隠して、気丈に振る舞うこともすばらしいことである・・・これは衆目認める所であろう・・・私だってそういう感じにできればどんなにいいかと思わないでもない。

 でも、「性質」(たち)ゆえ、できない時も多いわけだから、そういう時は、弱さを吐露したっていいんじゃないかな。

 そこに人間性も出るし、親しみやすさも出るだろう。100%弱さを見せない人、隙のない文章なんてビジネスで見るだけで十分であるから。そして、100%弱さを見せない人間なんてある種の欺瞞を感じるくらいだから。だから、僕は弱さは見せていこうと思っている。

 このブログの魅力も、弱さの吐露というところにひとつあるんじゃないだろうか・・・

 私のもうひとつのホームページ「もてない男のその後の語り」も、まぁ、弱さの吐露そのままのタイトルというか・・・。

 貧乏だなぁとか、悲しいなぁとか、素直に弱さを出している所に、さほど、毎日面白いことを書き続けているわけでもないのに一定数の読者が来てくれている吸引力があるんじゃないかと踏んでいるのだが。

2007年04月09日

今日は、エアロビ。運動はしないとだめだねぇ。

 今日はスポーツクラブのエアロビ教室に行く。

 なんだか疲れていたし(これは主に気疲れかもしれないが・・・)・・・どうしようかなぁという感じであったが、思い切って行ってよかったかと思う。

 やはり、さっぱりするわけで。

 勇気を振り絞り、体重・体脂肪測定をすると、2ヶ月前より増えているということもなかったわけで・・・よかった。

 まぁ、少々無理しても、運動はしなきゃなぁと思った次第。

 生きていく上でのストレス・・・運動で発散できるのは確かだから。

2007年03月29日

うまくいかないんならば、桜の花を愛でてみようというスローライフ術

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 今日はとても晴れ渡ったので、桜を観に妻とお出かけ。こんないい感じの桜が観られて大満足。

 今年は桜前線はどこまでだ?と気にしながら最近を過ごしていたし、何回か近くの花が咲いているところを下見していたりもした。

 満を持してお出かけした今日、こんな素敵な桜が観られたのでよかったのだ。

 昨年はというと・・・2005/4/11一語り「私の花見の変遷」に語ったとおりだ。それを見る限り、ここ数年・・・だんだんと桜という季節の変わり目を象徴する自然の移り変わりに目を向けているのが分かる。

 桜の開花はまだかなぁと心待ちにし、咲いたら咲いたで観に行く。かなり暇な動作である。

 暇という言い方で語弊があるならば、最近はやりのスローライフな動きである。ちょっと若さを感じない部分もある。

 若い頃、ばりばりやっていた頃・・・たとえば受験でもいい、就職でもいいのだが、そういう時は、気ぜわしすぎて、花などに目を向ける暇はなかった気がする。外資系投資銀行等でのディーラー出身の幸田真音さんの小説に、そういえばこんな風に昼間道を歩いて自然を見るのなんて何年かぶりだろうか?と自問する若者の証券トレーダーの主人公が出てきたのを記憶しているが、今をときめくマネーゲームにいそしむ人たちには、想像もつかないスローな動きなんだと思う・・・桜がいつ咲くかなぁ、咲いたら観に行ってしまうような動きは。

 ちょっと風は強かったけれども、今日みたいに晴れた日に、桜を愛でられたのは、やはり素直にうれしかったし・・・このスローさはかなりのぜいたくなんじゃないかな。

 今年がすごく花を見たかったのは、ここ数日来語ってきている感情の揺れ、悲しみに関係ないことではないだろうし、また、加齢という要因もたぶんに入っていることではあるだろう。そして、なにかにそんなにあくせくしても、うまくいく時といかない時があるということで。そういう時はゆっくり花を愛でているのもいいものじゃないだろうか。

 また、最近貧乏話が多いが、実際お金に余裕はないので、桜を愛でるというのは、そこに行く交通費くらいでそんな出費にならないのでいいわけだ。

 タイミングが合わなければうまくいかないこともあるだろうし、うまくいかなくても・・・いいじゃないかというわけで。

 うまくいかないんならばスローライフというのに流れてもそれはそれでいいものだな・・・そんな風に感じたわけで。

 そういう充電を通じてまたがんばれるんじゃないかな。

2007年03月28日

悲しみを乗り越えるために二郎を食べる

 悲しみにひたっていることはここ数日来語ってきているが・・・

 もちろん、妻にも大いに聞いてもらっているし、友達にも聞いてもらっている。

 いろいろな方面からいろいろな励ましや意見を聞くと大いにカタルシス(浄化作用とでも訳すべきだろう)になってとても助かっている。ありがとう(^-^)

 ただ、私の場合、悲しみを感じるとそれが容易に怒りに転化してしまう部分がある。

 悲しみ転じてふつふつと怒りが・・・まぁ、分かっていただける方も多い心境かもしれない。

 そんな時、私は私で解決策を知っている。そう、食べることなのだ。

 しかも、普段は健康を意識してあまり食べないようなジャンクな感じのものがよいわけで、その方がカタルシス効果が高いようである。

 そのへんは妻もわかってくれているようである。

 そんなわけで、この前は怒りを持続しているくらいだったら、何か食べに行こう、そうだ、焼き肉がいい、行きたいと言っていた店があるじゃないか、それとも、食べ放題か・・・などと考えているうちに、やけ食いするにしても、焼き肉は高いし、食べ放題だとあまりおいしくないし・・・などと意識を食べ物に逸らすと、結構怒りも静まってきたりもする。

 ふと、妻が、たまにはおいしいラーメンが食べたいなぁとのことだったので・・・そこにインスピレーションがわいたのが・・・

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 ラーメン二郎のラーメンである。背脂たっぷりのスープはジャンク感満点だし、そのボリュームに、悲しみや怒りを忘れて食に専念せざるを得ないのが、また、悲しみを乗り越えるためには好ましい。

 妻も久々の外食のラーメンに舌鼓を打っていたようだから、まぁ、よかった。

 悲しんだり怒ったりするくらいなら、まぁ、食っとけ・・・それはそれで私なりの生きるすべである。とりあえず食わせておけばいいという部分で私をいなすときに妻もよく使う手である。

 まぁ、そんな自分を自分ではさほど嫌いじゃない。だから、今回も自分を治めるために外食に行くぞと妻を連れ出したのは私の方だし、それは妻も理解してくれているようであるから。

2007年03月27日

どうしようもない悲しみの時に、妻が持ち出してきたもの

 昨日、中原中也の「汚れつちまつた悲しみに・・・」の詩を思い出したことを語ったが・・・そんなすさんだ気持ちの時に、妻がいることは非常に慰められる。

 かの中原中也の詩を知っているか?と妻に問うと、ひとつの本を取り出してきた。中原中也詩集の文庫本。

 ちょっとびっくり。知っているかどうかもどうかなぁと思ったのに、本まで持っていたとは。なんか、すごい。

 もちろん、かの有名な詩も出ている。

 この詩は、むかーし、教科書かなんかで読んで、そのまま忘れていたが・・・どうしようもない悲しみのきっかけに記憶の糸がたぐられてしまったらしい。記憶のフラッシュバック。

 最初の一遍を引用したい。

「汚れつちまつた悲しみに

今日も小雪の降りかかる

汚れつちまつた悲しみに

今日も風さへ吹き